〔046〕花粉
無限城がある大陸は、気候が安定している。
安定とは、変化に乏しいと言う意味で。
要するに”季節”と言う単語に現実味がなく、それは異大陸での話しでしかない。
数少ない学者曰く、この大陸の季節変化は長期的らしい。
が、どれくらいの周期でどんな変化かが一般的ではないため、素人目には突然の変化との区別がつかない。
よって、誰も気にはしていないのが現実だ。
三寒四温が過ぎ、春の暖かな日差しを日々感じるようになって数年が過ぎていた。
季節という単語があまり浸透していないこの大陸にも、春らしさは訪れる。
故に、花粉症の少年にとっては面倒な季節である。
人工的なエメラルドの瞳をした少年の、代名詞とも言える単語が「花粉症」。
少年の名は可也(かなり)という。
可也は日常的にくしゃみをし、涙を流していたので、周りの者もその症状に心配しなくなっていた。
コンタクトレンズを入れるのをやめれば、涙は止まるのでは? とエヴァンという少年は思ったが、彼と親しくないのであえて言いはしなかった。
エヴァンは可也と会うことが出来なくなってから、言えばよかったと後悔している。
そんな些細なことにすら、後悔の念は深く心に傷を残しているのだった。
さて、可也という少年は花粉症の他にも生傷が耐えないという特徴があった。しかし、それすら慢性化してしまっていた。
無限城という廃墟に捨てられそこで育つことを強制されたユーリという少年は、年中包帯だらけの手足を見て、いずれはミイラ男と見分けが付かなくなるな、と思っているほどだ。
ユーリは自立する年頃が近づいていた。
それは、無限城に残り、新たに捨てられた子どもの世話をするか、庇護を断って独りで生きていくかを選ぶことだ。捨てられた子どもということで、影を持つ人間が多いが、ユーリは特にスレルことなく育った。そのためか、親しいものもいなかった。
無限城に未練はない。自分は旅立つことを選ぶだろう、と感じて外の仕事を探していた時に可也と出会ったのだ。
その時も彼は手当てをしていない怪我をしていた、気がする。強烈な出会いだったのでよく覚えていないのだ。
近道と思い人影の少ない路地裏を歩いていたら、降ってきたのが可也だった。屋根から飛び降りたらしい。何故飛び降りたのかは聞きそびれてしまった。
ただ、驚かせたからと、なぜか連れ回された。
くしゃみをし続けながらも話は止まらず、ユーリが無限城の人間と知っても、外を選ぶのなら問題ないと笑っていた。
可也は夢幻城に所属している。無限城と夢幻城は表立って敵対してはないが、仲が良いわけではなかった。
可也は一つの怪我が治る前に次の怪我をしている。
それにも拘らず、一向に応急処置の技量が上がらず、同じ立場の知人は可也を見るたびに眉間しわを寄せ、最近では、姿を見ることすら毛嫌いしている。違う知人は呆れつつも手当てをし直してくれていた。
それも既に日常化していることで。
その毎日が変わるとは微塵も思っていなかった。
[無限城外伝]エメラルド
エメラルドプロローグ より
平成二十一年八月ニ十一日(金)