〔042〕お願い
 
 
“お願い、殺さないで・・・・、お願い・・・・”
 
 
 
昨夜の仕事。

耳に残る声。

幼い子供の、声。
 
自分と重なる年。姿、形。
 
 
自分と重ねてはいけないと思いながらも、重ねてみてしまう。
自分は道を踏み外した。けれど、それは過ち。気づいた時には、すでに終わっていた。
この道を、歩み始めていた。
 
 
梓。

それが、子供の頃の名前。今は、何もない。

知るものもいないし、呼ぶ者も、いない。
 
 
「おねえちゃん・・・・、」
 
感慨深げに窓の外を見ていた。と、扉から一人の少女が現れる。
人形を抱えて。
昨日からずっとその人形を手放そうとしない。
それは、気に入っているからというよりも、ただ、心の支えにするために何かを握り締めていたいだけといった感じ。
 
「なに」
 
冷たく、突き放すように、けれど、無視はせずに答える。

自分はどうしたいのか。
 
「私をどうするの」
 
「どうもしない」
 
「なら、何で此処につれてきたの」
 
「死にたいの」
 
「違う」
 
「そう」
 
「どうして、あそこにいさせてくれなかったの」
 
「いたかった?」
 
「お別れ、出来なかった」
 
「それは残念」
 
冷めた心は何も救わず、何かを傷つけることしか出来ない。
 
「なんで」
 
「なに」
 
「なにも」
 
「そう」
 
「ね、」
 
「なんで、殺したか?」
 
「え・・・」
 
反応に詰まる少女。
自分がこの少女から何を奪ったか、自覚は在る。何ひとつおかしなことはやっていない。

可笑しいのはその後。

なぜ、この少女を連れてきたか。
 
「それ聞きたいんでしょ」
 
「・・・・・・・。私の・・・・」
 
「わたしの?」
 
「ね・・・・・が・・・・・・」
 
自分は、何がしたいのか。
何故、つれてきたのか。あの場所で総てを奪っておいて、一緒にいかせてもやらず、ただ、連れて来た。
 
「なに」
 
冷めた目で眺めながら、窓を閉めた。
そろそろ此処を引き払わなければ、と荷物を肩にかける。
 
「どこに、いくの」
 
「此処を出る」
 
「ひとりで・・・・」
 
「ついてきたいの?」
 
「一人になりたくない」
 
「すぐに誰か来る」
 
「しらない人?」
 
「私よりは、ましよ」
 
「・・・・・また、」
 
「なに」
 
「かなわない」
 
「は?」
 
首を強く振る少女は、それ以上何も発しなかった。
少女と自分の関係。それは、簡単な構図で出来上がる。

自分にとっては自分の依頼主が恨む夫婦の子供。少女にとっては、両親を殺した、仇。
 
「じゃあね」
 
何故か連れて来た少女に、私は無表情に別れを告げる。
 
その少女は何か呟く。

聞き取れない。

そろそろあちら側の追っ手が来る。少女にとっては保護する存在が。
 
「此処にいれば、知り合いが来る」
 
「私の、知らない人」
 
「でも、敵じゃない」
 
「・・・・・・・・・・・・。・・・・がい・・・・・」
 
泣きそうな目でコチラを見る。なにがしたいのか。分からなくて、ナイフを投げた。

攻撃ではなく、わたす動作。条件反射で受け取って、戸惑う。
 
「な・・・・」
 
「仇、うてるよ」
 
「え・・・・、い・ちが・・・・・あ・・・・・」
 
言葉にならない、声。

ナイフを受け取ったその腕に残る無数の傷跡が、妙に苛つく。
 
「時間が無い」
 
「つれてって」
 
沈黙。
 
「は?」
 
そして、疑問。
 
「あんたの両親、殺したんだよ」
 
「・・・・」
 
「分かってる?」
 
「全然。だって、私のおや、いないもん」
 
「・・・・・・・・はい?」
 
「あの人たち、知らない人」
 
「一緒に住んでて?」
 
「うん」
 
「親は?」
 
「あの人たちが殺した」
 
 
ああ、分かってしまった。どうしてつれてきたのか。
この少女に自分を重ねていた本当の理由が。

自分も同じような過去があった。

親を殺されて、仇を討つためにそまった手。
 
この少女は自分と同じ過ちを犯したかったのだろうか。
 
「そのうらみをはらす?」
 
「なんで」
 
「その仇をうてなくした私をころすの?」
 
「なんで、おねえちゃん、を?」
 
「私は、奪った」
 
「くれたよ」
 
「なにを」
 
「自由。欲しかったんだ」
 
「で」
 
「でも、実際手に入れて、如何すればいいかわからないの」
 
「・・・・・」
 
「お願い」
 
「・・・・・・・・」
 
「此処からつれってって」
 
 
 
 
結局、連れて来てしまった。荷物にしかならない少女を。
 
「さっき・・・・・」
 
「なあに?」
 
「別れができなかったって」
 
「うん、さよならっていえなかった」
 
「で、なにがしたいの」
 
「お姉ちゃんの名前、教えて」
 
「梓」
 
「梓ちゃん・・・・・」
 
「・・・・・・」
 
「ありがとう」
 
「・・・・ついてきて、どうするの」
 
「!・・・・?」
 
「なにがしたいの」
 
「べつに」
 
「なら、なに」
 
「一人になりたくない」
 
「そう」
 
「じゃま?」
 
「なんで、あの時言った?」
 
「なんて」
 
「殺さないでって」
 
「言った?」
 
「言った」
 
「そう、なんだ・・・・・」
 
「・・・・・。」
 
「母さんが死んだとき、いえなかったのに」
 
少女は、自分の過去と重ねていたのかもしれない。もしかしたら、心が認識していなかったのかもしれない。

そう思えた。

だから、殺した仇をうつという行動に出なかったのだろう。
 
「ついてっていい?」
 
少女は問う。
 
自分と重ねてしまった責任。それはこの少女の運命を少しだけ決めたことになるのだろう。かさねて、連れ出してしまった。
両親を殺した人たちと住み、それから開放された。そこまでは同じだった。ただ、自分は自分の手で開放させ、現在に至る。
少女は、解放されるのを待っていた。そして、自分の時には現れなかったその救いの主について行く道が出来た。
 
 
 
「連れ出した責任は、とるよ」
 
だから、冷めた声で言った。そんな声でも、少女に笑顔を与えた。
 
「わたし、和美っていうの」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
END

どうでしょう?
殺し屋と少女。

梓ちゃんと和美ちゃん。(あずさ、かずみ)
微妙な感じ? 自分的の完結予定とは大きくそれた今回。

まあまあいいかな? 何てそれでも思えるから凄い。

いかがでしたか?
 








044〕南へ 続く

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