〔044〕南
 
 
過去に、育ての親を殺した。
理由は、自由を手に入れるため。ただ、それだけ。
けれど、その女は、自由を手に入れるどころか、束縛されていった。
育ての親に教わったこと。それは、生きていくすべ。他人に支配されない技。
殺し方だった。
 
 
 
小型のオートバイが荒野を走っていた。

進路は南。

今出た町を最後に、北に人の住める場所はない。

オートバイを運転するのは、髪の長い女。黒いブーツから始まって、体のラインがあらわれる、スパッツ生地のズボンとシャツ。

その上に着る紺の上着のボタンは総てはずれていた。


走る速度の速さを物語るかのように、激しくはためいている。

左手にだけ黒い手袋をしていた。

右手は白い肌を現している。

顔には、不恰好なゴーグル。風に直接さらされている肌は青白く、口紅の朱色が余計に際立つ。


右足に括り付けられた大型の拳銃を除けば、武器と名の付く物は一切見当たらない。

オートバイの後ろには、少女がいた。

両手でしっかりと運転をする女の腰をつかんでいる。

落ちまいとしている様子と、精神的に離さないとしている様子がかみ合っていているような、そんな様子。

その後部座席は、どこかにつかまらなくても安定した形になっているからだ。


ヘルメットのような耳宛付きの帽子を被っていたが、サイズは女の物らしく、風で固定用のベルトの端が風ではためいていた。
 
少女は一度だけ、生まれ育った北の町を振り向いた。
その町は、少女にとって、生活の総てだった。
そこで生まれて、両親と死別し、知人と死別し、この女とであった。

両親の死は、知人の為、知人の死は、この女の為。

両親を殺した知人に引き取られて、知人を殺した女と出会った。
そして、少女は、今、この女と旅に出た。
一体、どんな関係で結ばれているのだろうか。
 
「梓ちゃん・・・・」
消え入りそうな、少女の声。その声に、女は無関心な態度でありながら、返事をする。
「なに」
素っ気無く、そして冷たく。
「あのね・・・・」
そんな女の態度を気にした感じもなく、少女は続ける。梓(あずさ)とは、この女の名前だろう。
「もう、いいと思うんだけど・・・・」
「どうして」
「だって、」
少女は、後ろを向く。その視界には、ただ、荒野だけが広がっていた。すでに、町は見えない。
「だって、何もないよ」
「和美」
女、梓は少女を振り向かせた。では、和美(かずみ)というのが、少女の名か。
「なぁに? 」
自分の名前を呼んでもらえたことに笑みを浮かばせて、振り返る。後ろを向いていた顔を前に向かせる。
「それは、貴方の見方」
「梓ちゃん? 」
「何も見えないの」
疑問ではなく、質問でもなく、ただ、梓は言う。和美はその言葉の真意を測りかねていた。
「見えないのに、急ぐの?」
「なにが」
「追われていたから、急ぐって・・・・」
「誰が」
「梓ちゃんが」
「どうして」
「あの人たちを殺したからって言った」
 
 
あの人たちとは、和美の親と名乗っていた和美の知人。両親を殺した夫婦。両親との決別はあっけないものだった。
何故、殺されたのか。何故、自分だけ生かされているのか。
―― どうして、ころしたの?

少女は問う。

―― どうして、殺さないの?
少女は問う。

―― どうして、私だけ、生きてるの?
知人は言った。
―― 死にたいのかい?
知人は言った。
その答えを言えないまま、和美は俯いて涙をこぼした。ただ、なんとなく。
そして、理由のわからぬまま、知人と別れた。
 
 
「わけがわからないわ」
「え? 」
和美も訳が解らないようだった。
「えっとね、梓ちゃん。急ぐ理由で、追われているからって、言ったよね? でも、誰も来ないよ」
町から出て数日間、梓は一度もオートバイを止めることなく、飲まず食わず、不眠不休で走らせているのだった。
 
 
「何処に行くの」
和美は言った。
「南」
梓は返す。
「南の何処」
「町の名前を言えば気が済む?」
「うんうん」
和美は首を振る。
オートバイが止まった。
「梓ちゃん?」
「此処にいて」
言うと、ゴーグルをはずした。
「どうして。何処に行くの? 独りは嫌だよ」
すがる様に和美は言う。そして、梓の服をつかんだ。
「どうして」
「独りはもう嫌なの。梓ちゃんと一緒にいる」
「ここで待ってて」
「待つ?」
「そう」
「どうしても」
「ええ」
「邪魔なの」
「どうしてそう思うの」
「だって、一緒に行けないんでしょ」
「行くために、ここで待ってて欲しいだけよ」

梓は、ぶっきらぼうに、突き放すように、言い放つ。
「でも、いまは・・・・・・・」
和美の頬に、涙が流れた。
「死にたいの?」
必死の表情で、和美は首を振る。
「なら、待ってて」
そういうと、和美を置いて、歩き出した。

あらわになった素顔は、無表情のまま変化することがなかった。
 
 
 
 
 
―― 私はね、梓ちゃん、・・・・・。

―― 私はただ、梓ちゃんと一緒にいたいだけなんだよ。

―― 南の何処だっていい。

―― ただ一緒に、行きたい。

――一緒に、南にいこうよ
 
 
 
 
 
 
 
 
親から貰った大切なもので、意味のナクシタモノが、数日前に意味を持った。

だから、生まれた。

それ以上に大切なもの。

それを、守りたいと思った。失いたくないと。

たとえ、この手を離れても、それを壊してはいけない。そう思った。
大切なものとは、自分の名前。意味を持った理由は、呼ぶ人間が現れたから。
 
 
そして、それ以上に大切なものとは、呼ぶ人間のことに他ならない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

END
 
久々に書きました。
 
解りましたか? 〔042〕お願い の登場人物、梓ちゃんと和美ちゃんです。
といいましても、お読みでなくても解る内容を目指して書いてみました。
時間的には数日後といった感じですね、はい。
一回読みきりを目指していたんですが、タイトル的に問題が起きてしまい・・・。
何のことはない。南を目指すからのタイトル。それが変わるだけの理由だ。
 
無理強いさせた結果がこうです。すみません。
 
 
続きは、〔049tomorrow で・・・・・・・。でわ。









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