〔049〕tomorrow
 
 
明日をともに行こう。
これから先、一緒にいようね。
ずっとずっと一緒にいようね。
梓ちゃんがいなくなったら、私のことを知っている人が居なくなっちゃうの。
梓ちゃんがいないと、私、怖くて、怖くて、壊れそうになるの。
もう、独りは嫌だよ。ね、一緒に行こうよ。ねぇ、いっしょにいてくれるよね?
 
梓ちゃんのこと、大好きなんだよ。
だって、自由をくれたんだもの。
梓ちゃんが私のこと、嫌いでもいいよ。でも、せめて、一緒にいさせてね。梓ちゃんって、呼ばせてね。
 
 
 
 
 
独りになった和美が、ココロノナカで願った思い。

それが、梓に伝わったかどうか、定かではなかった。

ただ、あいかわらずの無表情さで、荒野を一人歩いていた。
何もない、見渡す限りが岩と砂とかすかな緑だけが広がった場所。そこを、目的を持った足取りで進む。
 
「娘は如何しました?」
通り過ぎた岩陰、梓の背後から、声がした。梓はゆっくりと振りかえる。
「娘はどこです?」
声は同じ質問を繰り返す。
「さあ」
梓は素っ気無く簡単に返した。興味がないから知らないとでも言うような口調。
「それは、どういう意味です」
その声は、続ける。
「姿ない声とは会話しないことにしているの」
「それは教えですか?」
「いいえ」
「なら、なんです?」
「質問ばかりね、一つにしてくれない?」

気だるげに、髪を払う。
「オートバイで飛ばしておきながら、足で町に戻る気ですか? 」
「質問は一つで」
「いいえ、これは好奇心です」
「もういいかしら」
梓はゆっくりと左手で銃を抜く。
「それは、撃つという意味ですか? 」
そういうと、声の主、男は両手を上げながら姿を現した。
ひょろりとした背丈の青白い男。生気のかけらすら、感じられない。
「ええ」
あいかわらず無表情で、右手を添え、銃を構えた。
 
「やめましょうよ」
男は言った。
「無駄でしょ? 」
「なにが」
梓は返す。
「殺し合いなんて」
「そうね」
梓に意見に同意はするが、納得した雰囲気はない。
「貴方はどっちなんですか」
「なにが」
「われわれの依頼を受けながら、娘を連れて行く」
「なんのこと?」
「和美ちゃん、一緒でしょ」
「知らないわ」
「それは酷いでしょ」
男はクックックと笑って、言った。
「あなたが殺したんですよ。和美ちゃんの育ての親を」
「だから」
「なのに知らないなんて、ねぇ・・・。貴方と似ているのでしょ、状況が」
梓は、銃を下ろした。

けれど、梓にとって、戦闘態勢であるに変わらない。いや、この姿勢の方が、女にとっては普通の体制といえた。

いつでも撃てる、最善の体勢。
「用件を」
無関心に、言う。

自分には関係のないことに足止めされた苛立ち。そんな感じを臭わせながら。
「これは失礼」
男は、梓が銃を下ろしたことに気をよくしたか、素直に自分の非を認めた。
「われわれの依頼は終わった。だから、関係ないことしないでくださいよ」
「終わったわ。けれど、関係ないことなら、関係ないはずでしょ」
「まさか、貴方は知ってて引き受けたのですか! 」
「何のこと?」
梓は此処で初めて、表情を表した。眉をひそめて、聞き返したのだ。相手の科白に興味を持ったともいえる。
「いえ、ただ、娘を返してください」
「だから、何」
けれど、梓は和美のことを隠し通した。
「ワタシが一人で行動しているとでもお思い・・・・・」
 
それが、男の最後の言葉となった。
梓は、男が倒れる前に、銃を定位置に戻すと、走り出した。
 
 
 
 
「おじさんたち、だあれ?」
梓のオートバイの中から、顔を出した和美は、手近な一人に、声をかけた。

オートバイの廻りには、二台のバイクがあり、人影は四人。
「さぁ、逃げましょう」
誰かが言う。
「なんで」
和美が返す。
「此処は危ないのです」
違う誰かが言う。
「何処が?」
和美は返す。少し心配そうに。梓の身を案じてのこと。しかし、相手は誤解した。
「戻ってくる前に行きましょう。われわれの仲間が、あの女を足止めしています」
「え・・・、殺しに来たの?」
和美は、怖くなって、顔も中に戻す。

和美は今、カバーが着いている荷台にいた。

その場にいる誰もが知らなかったころだが、そのカバーは防弾効果がある。
「いえ、多分殺されるでしょ」
「意味わかんないよ」
和美は言った。そして、カバーを閉めた。

和美にとって、梓は味方、周りの人たちは不明。周りを囲む人間にとって、梓は敵。

この、意志の矛盾が、会話の理解を阻んでいた。
「あ!」
誰かが叫んだ。誰かが慌てたように駆け寄る。しかし、間に合わない。
このオートバイを運転するには、それ相応の技術が必要だったから、オートバイごと連れて行くことも出来ない。
「早くしなければっ・・・」
言いながら、その人は言葉を切った。その人かが倒れる前に、もう一人の命も消える。

バタバタと仲間の二人が地面に倒れた時、ようやく事態を把握できた。

しかし、それではすでに遅かった。倒れた音とともに、三人目の心臓もぶち抜かれる。


梓の姿を認識できたのは、最後の一人だった。その一人のこめかみに銃を押し当てて、梓は言う。
「用件は」
その男は、自ら命を経った。持っていた短剣で胸を刺したのだ。絶命だった。

梓は倒れた男を一瞥すると、オートバイにまたがりその場を後にした。
 

カチ
 
和美は気が付くと、目の前には黒い何かがあった。その光景が、理解できなくて、動けなかった。
「梓、ちゃん・・・」
「なに」
状況に反して、無関心な響を思わせる声。
「なに、してるの」
梓が和美に銃を構えているのだ。
「今からでも、遅くないと思って・・」
「私を殺すの」
「死にたいならね・・・。」
―― その方が、幸せだと思うなら・・・・・
「・・・生きたいよ」
和美は言う。
「梓ちゃんと生きていたい」
涙ぐんだ目で、涙声で。
「私といると、こういうことが何度もあるわ」
「梓ちゃんがいるもん。平気だよ」
和美は涙を拭いて言った。
「気絶していたのに」
「え・・・・」
和美には、記憶がなかった。

ただ、男たちが怖く感じて、カバーを閉めて、少ししたら、カバーが真っ赤に染まって、それから、それから・・・・・。

梓が銃を自分に向けていた。
「きぜつ、してたんだ・・・・」
「無意識に意識がこれ以上の光景を見ないように閉ざしたの」
カバーを真っ赤に染めたのは、二人目の血。それにより、和美は気絶していたのだ。
「大丈夫だよ」
「なにが」
「大丈夫なの」
「どこが」
「梓ちゃんといたいの」
「どうして」
「えっと・・・・。駄目?」
上目使いに、梓を見て言う。

銃を突きつけられている状態でありながら、笑っている。
その様子を見て、梓は銃をしまった。そして、オートバイにまたがった。
「別に」
その言葉を最後に、ゴーグルを絞め直し走り出した。
 
 
―― ありがとう

何故か浮かんだ言葉を、和美は梓への気持ちだと思った。

よくわからないことだけれど、なんとなく、解ること。

よくあることでもある、不可解なこと。

無意識のうちに言葉が浮かび、その言葉の意味を考えると、その状況に、今一番自分が言いたい言葉だったりする。
 
「ありがとう」

なんとなく、声に出してみた。
「なに」
梓は冷たく返す。
「うんうん、明日も、その明日も、明日の明日の明日も、その次の明日も、ずっと一緒にいようね」
 
和美は、笑顔で言った。荷台の中から。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
END
 
取り合えず、前編後編で終わりました。
どうでしょうか? 
和美って、梓って、・・・・・・。
書きながら、自分の中では突っ込みどころ満載です。
なんなんの、もう!!!
って感じで、ありゃ? 私だけですか?


この話は、〔044〕南 の後編をイメージして書きました。

 



戻る