【1】昼間の森


 木洩れ日が差し込む場所で、少年は空を見ていた。
 此処は森の奥深く。
 それでも、昼間の森となれば光が微かに差し込んでいる。




 「モト」
 空を見ていた少年は、無表情のまま突っ立っていた。
 視線を動かすこともなく。
 「もっ君」
 声に反応することなく。
 「・・・・・・・もとまぁ〜」
 白銀の髪は無造作に伸ばされている。後ろよりも前髪が長い。目にかかっていた。
 灰色よりも白に近い濁った色の瞳は、若干釣り目である。
 肌は白い。生命力を感じさせない程に。
 そして服は、飾り気の無い黒一色。それが余計に肌の白さを際立てていた。
 「もとまよ、もともと、もっ君、もっちゃん、・・・モト!!」
 叫ぶように発せられた声とともに、少年は後ろの髪を引っ張られた。
 「返事してよ」
 明るく楽しげな声。
 幼い少女の声。
 人ではありえない声。足は地面に着いていない。
 そのモノは長い深緑の髪をしていた。身に着けているのは黄緑の布一枚。
 風が吹くと、長い髪と黄緑の布はひらひらとふわふわと、舞った。
 覗く肌の色は黒い。
 「・・・・森に住みし者」
 少年は、無機質な声音で表情を表すこともなく、淡々そのモノをこう呼んだ。
 視線は未だに空を見ている。
 「・・そう呼ばれると、モトの事を”元迷い人”って呼ばないといけないから止めて欲しいんだけど・・」
 森に住みし者と呼ばれたモノは、あはははと、笑いながら少年に言う。
 少年は、”元迷い人”と呼ばれて初めて森に住みし者を見た。
 「シン」
 森に住みし者は、シンと呼ばれて大満足したように笑った。とても綺麗な笑顔だった。
 「時期迷い人到来だよ、モト」
 元迷い人と呼ばれたモトは、シンを一瞥してその場を後にした。
 「どうするかは、モトに任せるけど、なるべくなら、これ以上この地を穢して欲しくないな」
 モトの背中を見送りながら、シンは声をかける。
 返事は無かった。




 薄暗い森の中では時間間隔が狂う。
 周知の事実である。
 奥に入れば入るほど、道に迷う確率は高くなる。
 地面の砂は白かった。
 人骨が風化して出来ているから。
 多くの人間が、数万年とかけて作り上げたものだろう。
 普通ならば、好んで入りたがる場所ではない。
 
 何故、出られなくなることが分かっていながら人は足を踏み入れるのだろうか。
 気味悪がられるその場所に、好んで足を踏み入れる者は、一体どんな内情を抱えての事だろうか。





【2】お願い